巻頭言

2019.05.01
巻頭言

巻頭言5月号(令和の時代を迎えるにあたって…)を掲載しました 

安全安心な社会の護り手
~担うバトンの重み~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

時に、警察官に託された役割を考えることが大切だ。

人間は集団を形成して、その中でお互いに助け合って、生活している。集団である以上、最低限の約束事を守らなければならない。安全安心な生活を確保するには、皆がその約束事を守ることが欠かせない。

集団生活では、構成員にとって多くのメリットが生まれると同時に、約束事を守ることを求められる。場合によっては、個人にとってはデメリットとされることも生じよう。集団を維持するには、デメリットをコントロールしなければならない。集団の秩序を守るためには、構成員は約束事を守らなければならない。約束事を守らない人に対しては、時に、強制的にでも守らせなければならない場合が生ずる。その役割を担っているのが警察だ。

警察は、集団の護り手・秩序の番人だ。

警察官に託された役割を考える際には、先人の歩みに学ぶことが有意義だ。その時々の困難な状況の中で汗をかき、涙を流し、歯を食いしばって頑張ってきた先輩の思いを受け止めてみたい。
今は、あたかも、平成から令和へと時代が変わった歴史の転換点。令和という新たな時代の安全安心な社会を守る決意をする時だ。先の敗戦の時代、進駐軍による占領という大混迷の時代を迎えるに当たって、先輩の一人ひとりがどんな思いで勤務したのか。

敗戦直後、全国警察官に配布されたガリ版刷りの文書を紹介したい。この文書を、私は土田国保さんから頂いた(何かの参考にといって託された)。土田先輩は警視総監をされた後、防衛大学校校長をされた。私にとっては数々の貴重な教えを頂いた方だ。
つい先日まで敵国だった進駐軍を迎えるという混乱の中、全国の警察官はこの文章をどのような気持ちで読んだのだろうか。先輩の思いを追体験しつつ読んでほしい。様々な時代を担った先輩から託されたバトンの重みを感じつつ、皆さんの新たな時代の歩みを祈っています。

警察官諸君へ與(あと)う

なぜ諸君は今回の職務を完全に遂行(すいこう)しなければならないか?
原子爆弾とソ兵の満州進駐とが重なって来た時に日本の進むべき途(みち)は二つあった。

一つは飽(あ)くまで戦争を続行する事
一つは新しき日本の建設に向ふ事

飽くまで戦ふ情熱を国民は決して失って終ったのではないけれども、総合戦力の実際から見て、其の途に進む時日本は永遠に起(た)つ能(あた)はざる處(ところ)までいかねばならぬ。八月十五日ラジオの前に尊き御聲(みこえ)を拝して全国民が泣き崩れた時、新しき日本の進む途が決ったのである。御聖断(ごせいだん)は尊厳であり絶対である。御聖慮(ごせいりょ)のお示しになる處のものは新しき日本の建設である。此の際徒(いたず)らに泣き崩れて再起の心の足らぬ者、徒らに憤激してこれから何處(どこ)に向かって進むかの分からぬ者は、大御心(おおみごころ)に背(そむ)くのである。我々は今後如何(いか)にすれば新しき日本が一日も早く再建さるかをのみ思想と行動との基準としなければならないのである。

今回聯合(れんごう)軍が進駐する事となった。若(も)しこれに関して不慮の事故が起(おこ)ったならばその結果は何(ど)うなるか。

一、報復の強力手段に出るは勿論(もちろん)
二、駐屯軍の駐屯期間は予定以上に永引(ながび)くであらうし
三、国内治安の維持に容喙(ようかい)して来るであらうし
四、それ等の事が動機となって政治、経済の不安や混乱が導(みちび)かれないとは限らない。

かく考えて行くならば諸君は決して進駐軍自体の為めに真剣にその職務を果たすのではなくて同胞を一日も早く再起せしめるものへの障害を除去するために、今諸君はつらいつとめの先頭に立ったのである。自分は諸君の胸中を思う時「自信を以って敢(あえ)て諸君の職責を果せ!」と叫ばざるを得ないのである。平和の時代に於てすら外国人の言動は、謙虚なる日本人の眼には横暴に見え傲慢(ごうまん)に見えるのが常であった。いわんや今回の進駐に於ては尚更(なおさら)甚(はなは)だしいであらう事は容易に想像されるのである。だが我々は今それ等の事どもに心を奪われて居る時ではない。進駐軍の言葉や態度は聞き流し、受け流して、ただ同胞将来の存立と再起とのためのみ念頭に置いて居(お)らねばならぬ「かくの如き憤慨は自分には堪へられぬ、自分一人が腹を切ればよいではないか」と云ふ様な考えは大きな立場からすれば我儘(わがまま)であり不忠である。又進駐軍に対して警戒することを腹の何處かでひそかに二心(ふたごころ)の様に思う何物かがあるとすれば、それは新しき日本の建設に余念なかる可(べ)き大御心の御垂示(ごすいじ)に背くものであり二心の様に思うその心こそ実に既に新しき日本の立場から遅れて居る考えである。進駐軍に対する警戒は即ち直ちに新しき日本を建設する為めの進路を開拓し保護する事になる訳である。従って進駐軍に対する不当なる行動に対してはそれが如何なる者であらうとも直ちに厳格に取締る可きでありその間些少(さしょう)の緩みさへあってはならぬ筈(はず)である。同胞の気持ちを察しつつ適切厳重に取締を行って進駐軍と民衆との間に何等の事故なからしめて行く事は、やがて明るく幸福な日本を建設する基礎なのである。

眼を大局にそそぎ今の警察の役割の重大な事に十分な自覚と自信を持ち、しっかりと腹を据ゑ(すえ)て感情に駆られず淡々として、巧みに職務を処理して行かるる様、日本の明るい将来の為めに切望して止まないのである。
誰しもが愉快に思はれる仕事は誰しも出来る仕事である。誰しもが愉快に思はれないがしかし実は本当に重要である此の仕事にこそ諸君は男らしき自信を以て臨(のぞ)む可きである。八月十五日マイクの前に御立ち遊ばされた大御心に副(そ)ひ奉(たてまつ)り明るく新しい日本建設のためにその先頭に立つ諸君の職務の影響と結果とは今やまさしく重且つ大であり諸君の深省(しんせい)と奮起とを望まざるを得ぬ所以(ゆえん)である。

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