巻頭言

2019.06.06
巻頭言

ベスト6月号 巻頭言を掲載しました

難治の民
~中国統治は容易ではない~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 警察官にとって、国際情勢を見る目を養うことは大切だ。私は長く中国情報の収集分析に携わってきた。皆さんの参考までに、本稿では中国情勢を見る要領&面白さの一端を紹介してみたい。

 中国では共産党による一党独裁が見事に機能している、という印象を抱いている人が多いだろう。我が国で目に触れる報道を主な情報源としている限り、確かにそうした印象になるのも無理はない。特に昨今、我が国の主要報道機関は中国当局の公式見解に必要以上の影響を受けている。中国当局に気兼ねして、当局に好まれない取材もほとんどない。その限りで、中国当局は情報統制でも取材規制でも見事に機能している。

 果たしてそうなのだろうか。歴史を見ても私のささやかな経験からも、中国人は権力者の意向に唯々諾々と服しているほど従順ではないと確信している。何よりもその面従腹背ぶりを知っているのが中国共産党幹部自身ではないか。自由な選挙になれば共産党は捨て去られることを知っている。だから選挙を恐れ、決して選挙を本気で取り入れようとはしないのだ。現場末端レベルで選挙を試みるも、自由な選挙とは程遠いまやかしにすぎない。立候補者の資格審査から始まり、各種組織を動員してのコントロールに余念がない。香港での状況を見れば、いかに一般市民を信じていないのかが分かる。議員の半数は当局の意向による任命制にすぎず、自由選挙とは程遠い。

 中国では、警察など治安関係費が国防関係費を大きく上回っている。これも、当局がいかに体制維持に危機感を抱いているかの証拠と言える。思想信条をチェックすべく、膨大な予算を使って汲々としているのだ。
 天安門事件関連の人物には終生監視を怠らず、自宅軟禁状態にしている。そればかりか既に亡くなった趙紫陽元総書記などについては、自由に弔問すらさせない。当局の立ち退き強制に抗議する人を支援する人権派弁護士には、国家転覆罪など、おどろおどろしい犯罪名をつけ長期拘束を繰り返す。当局に拘束された外国人などは、釈放されて国外退去させられる前に、反省の弁を録画され公表されるが、それも自己正当化のつもりだろう。その効果は、そこまでさせるのかといった真逆なものなのだが……。
 非暴力での人権擁護家でノーベル平和賞を受けた劉暁波氏は、生涯監獄から出されなかったばかりか、死後も遺族は自由な埋葬すら許されず、埋葬地が人権派の聖地になるおそれがあったため、海中へ散骨させられた。
 習近平主席は権力を集中させ、国家主席の多選禁止規定を撤廃、終身在任を可能にした。にわかに個人崇拝・独裁色を強めているのも、自信のない焦りが原因とみられる。統制や個人崇拝の強化は、そうせざるを得ないほど不安になっているということなのだ。

 当局の強権が目立つ中国ではあるが、その実態は、繰り返し繰り返し反逆する人が絶えないということ。したたかな抗議や抵抗を試みる難治の民なのだ。知識人に伝統的な、歴史の判断に身を委ねる強靭な精神も健在だ。
 最近、中国で知識人が交わす、「許さん、お変わりないようですね」という挨拶がある。「許さん」とは、精華大学許章潤教授(政治学)のことで、2018年9月に権力集中や個人崇拝を批判する論文を発表したことで注目されている。同論文は名指しこそ避けているが、明らかな習近平主席批判だ。今日もどこかで、「許教授の健在を願っていますよ」と語られていることだろう。
 米中経済で苦しい立場に追い込まれた習近平主席は、許教授の批判に対して、強権的な反撃ができない状況に立たされているようだ。毎年3月に開催される全人代における李克強首相は、一昨年(2017年)は汗だくでしどろもどろな様子であったが、今年(2019年)はだいぶゆとりを感じさせる様子に見えた。
 中国ウオッチングは興味が尽きない。読者の中に中国情勢に興味を持つ人が増えることを期待している。

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