巻頭言

2021.11.01
巻頭言

ベスト11月号 巻頭言を掲載しました

コロナ・パンデミック騒動体験記
~自分と向かい合えたことへの感謝~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 あれよ、あれよと、強制的に“引きこもり生活”に追い込まれた。人生初の感覚だった。100年前のスペイン風邪以来だそうだから、全員似たようなものだったろう。第一波をなんとかやり過ごせた頃も、その後にやってくるであろう第二波に更なる恐怖を感じたものである。各方面での備えが進むことを願うばかりだ。

 最初は、たまにはのんびりと過ごすのもよいなどと軽口も聞かれたが、皆すぐに勝手の違いに驚いていた。私は、通勤を伴う勤務からは引退しており、77歳という年齢からも、引きこもり生活に入ることへの客観的な障害はほとんどなかった。あったのは自分自身の満足感の喪失、心の問題だった。

 掲載予定がある月に3~4本の短い巻頭言雑誌、随筆、情報分析関係などの執筆は全てネットで済ませられる。このところのネットやデジタル分野の急速な進展を実感した。これからはテレワークが当たり前のようになるだろう。なかなか変わらなかった意識が、パンデミックで一気に変わることを実感した。
 関係先の会社の会議などは大部分が休止。主宰する勉強会も休止。ということで、気がつけば、行くところがなくなった。テレビはコロナ話ばかりで見るに値しないし、休日の日課である図書館での新聞雑誌閲覧も、臨時休館で奪われた。こういう折に、人間の内面の世界の豊かさが決め手となることは頭では分かってはいるが、手持ち無沙汰の極み、情けないが時間がもたない。
 ということで、重い腰を上げ、心の中を見つめ直しての意識改革をせざるを得ないことになったのだった。思わぬ形で、我が半生の生き方を見つめ直すことを迫られたのである。

 幸い、箱根に引きこもる先があったので、早々に、山籠もりを決め込んだ。朝は、近くのコンビニまで新聞を買いに行ってくる(往復約3,000歩)。午前中は新聞や雑誌を中心とした読書。午後は近所の山道散策(約6,000歩)。コースを3つ~4つ用意して、その日の足の最初の向きに任せて、飽きないように工夫した。それから温泉スパでの一時間の休憩。早めの夕食後には近所を散歩して、それから晩酌。生活にリズムのあることの大切さに改めて気付いた。また、心の健康を保つのに適度な運動が欠かせない、“心身一体”であることも実感した。
 月に2度ほど、通院を含めどうしても東京に行かねばならないこともあり、そのついでに東京の自宅に数日泊ることは、ちょうどいい気分転換となった。飽きっぽい性格か、適度な変化も必要なことも実感した。

 このように、引きこもり生活もどうにか合格点かとは思えた。しかし、どうも、充実した満足感からは程遠かった。私の性分は、誰かに会いたいのだ。誰かに会って話がしたい。人と会って話をすることを生きがいとしてきたことに改めて気付かされた。
 公務員を早期退職し、大学の教壇に立つ選択をしたのも、直接人に話すことが好きだったからだ。以来、どんな講演でも引き受けた。書く方もそれなりに試みたが、どれも満足できなかったということも一因ではあるのだが。
 それが、胃癌を発症し(73歳)、以来闘病第一の生活を余儀なくされ、翌年には口腔(上顎)癌が発症・再発した(74歳)。どうにか命を取り留めることができたものの、講演をあきらめざるを得なくなったその矢先に、今回の引きこもり生活があり、それだけに自分自身と改めて向かい合う良い機会となった。

 そこで思い至ったのは、“一日一日の充実”と日々の小さな工夫の積み重ねの大切さである。今できることに力を出し切る生活をすることだ。話すことが好きなのだから、たとえ大人数の講演は無理でも、少人数の物ならできるかもしれない。勉強会も、やり方を工夫してもっと充実させることができるはずだ。まずは、話し方のリハビリを頑張ろう。……などと考えた。
 私生活の大切さに気付いたのも収穫だった。引きこもり生活の中で、子ども達とのラインのやり取りや、送ってもらった孫達の動画を見ることの嬉しさ・ありがたさは格別だった。最後は家族親戚が心の支えであることを痛感した。
 引きこもり生活で気付いたことは、どれも当たり前のような平凡なものともいえる。でも、そうした平凡な日々の積み重ねへの愛着が高まったことは最大の収穫であった。

 本稿を通して現役警察官の皆さんと話すことの貴重さにも、改めて思い至る。これからの巻頭言は、一層心を込めたものにしたい。本音での語り掛け。話すように書くことを心がけたいと思う。ご期待願いたい。

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