巻頭言

2025.10.01
巻頭言

ベスト2025年10月号 巻頭言を掲載しました

トランプ大統領の州兵動員をめぐる問題点
~警察と軍隊の任務の違い~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 今年8月、トランプ大統領は、首都ワシントンの治安が崩壊しており、非常事態であるとして、州兵を出動させた。30日間限定ではあるが、自治体警察を連邦指揮下に置くほか、警察の補強として約500人の連邦法執行官も派遣することとしたのである。
 これに賛成する米国民は38パーセントにとどまり、反対は46パーセントであった(残りは「分からない」又は無回答)。共和党支持者の76パーセントが派遣に賛成する一方、民主党支持者では8パーセント、無党派では賛成28パーセント、反対51パーセントであった。

 遠い国での話のように聞こえるが、世界の警察と言われたアメリカ内部での混乱は、我が国の警察組織の立ち位置を考えるうえでも良い教材かもしれない。

1 警察と軍隊の任務の根本的な差異
 警察は法執行機関であり、軍隊は国家の防衛を任務とする。この違いは大きい。極論ではあるが、警察は基づく法律がなければ動けないのに対して、軍隊は任務の遂行に必要でさえあれば動くことができる。歯止めの段階が違うのである。
 軍隊は任務遂行の為に必要であれば、相手に銃撃することさえ是とされる。警察の場合は、これに加えて法律の根拠が何より求められるのだ。
2 ワシントン市長は州兵の派遣に反対
 連邦が一地方自治体の意向を無視する、これは日本に置き換えて考えてみると、その意味を理解しやすいだろう。例えるならば、警視庁を首相が直接指揮下に置くというようなことであり、国家と地方自治体の関係が破壊されかねない事態である。両者の関係においては、理解と協調が極めて重要であるのだが、トランプ大統領はそこを理解していないようにも思える。

3 州兵出動の根拠
 トランプ大統領は、首都の治安の悪化が深刻で、非常事態だとしているが、ワシントンのバウザー市長(民主党)は、犯罪は増えていないと反論している。連邦が自治体警察を指揮下に置いた措置について、ワシントンのシュワルブ司法長官が違法性の確認を求めて連邦地裁に提訴するなど、地元では反発が広がっている。
 トランプ大統領の言い分の根拠の危うさは深刻であり、主観的な決めつけ、裏付ける事実の欠如は極めて重大な欠陥と言えよう。

4 南部数州から州兵の応援派遣
 米南部ウェストバージニア州のモリシー知事(共和党)は、トランプ政権の要請に応じ、300〜400人の州兵を首都ワシントンに派遣すると発表し、声明では「首都の誇りと美しさを取り戻そうとするトランプ大統領の努力を支持する。」と訴えた。「犯罪対策」を名目にワシントンへの統制を強める政権の取組が加速しそうだ。
 共和党と民主党間の政治的駆引きも見え隠れするが、「分断」という危険が常につきまとう危うい状況に思えてならない。

5 昇任試験との関連
 今回の事態は、皆さんが挑む昇任試験との関連は直接的には薄いかもしれない。しかし、改めて我が国の警察組織について復習するきっかけとなれば幸いだ。
 警察法は、警察事務を都道府県の自治事務として、その職務の執行を都道府県警察が担うものとするとともに、国が責任を負い、あるいは全国的に統一・調整を図ることが必要な特定の事項については、国が都道府県警察に対して指揮監督権を持つこととしている(警察法16条2項)。
 そして、国の警察事務を担当し、国の治安責任を全うするための国の警察機関として、内閣総理大臣の所轄の下に国家公安委員会が置かれ、国家公安委員会の管理の下に警察庁が置かれているのだ(警察法15条、17条)。
皆さんとその所属する組織の法的な存在根拠に関わることである。今一度確認しておこう。

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