巻頭言

2022.08.01
巻頭言

ベスト8月号 巻頭言を掲載しました

忍び寄るサイバー犯罪への不安感
~求められる警察官の決意~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 本年4月警察庁にサイバー局が発足した。各自その意義を再度整理しておきたい。各級昇任試験で出題が予想されるからだ。本稿ではサイバー犯罪に関しての雑感を披露する。

 刑法犯認知件数は2002年の285万3,739件をピークに、2021年は56万8,104件と5分の1まで減った。刑法犯認知件数をみると治安状況は大幅に改善しているといえる。政府広報室の「治安に関する世論調査」でも、85.1パーセントの人が「日本を安全安心」(どちらかと言えば安心とする人を含む。)だと評価している(2021年12月調査)。
 しかし、同調査で気になったのは、ここ10年で治安が「悪くなった」「どちらかと言えば悪くなった」とする人が54.5パーセントにも及んでいることだ。半数以上の国民の体感治安は、逆に悪化しているのだ。その原因は、特殊詐欺や不正アクセス、フィッシング詐欺などといった広い意味でのサイバー犯罪による不安感であるようだ。
 ビッグデータ技術やAI技術の進歩と急速な普及、挙句はロボットに仕事を奪われるといった不安感まで……情報技術の進歩に自身が追いつかない感覚による得体のしれない不安感なども背景にあろうか。
 とにかく警察官としては、国民の不安感に応える必要がある。どんな技術であれ、悪用しているのは人間であり、その犯人を追い詰める責務は警察官に課されていることに間違いはないのだ。現実空間で許されないことは、サイバー空間でも許されてはならない。いわんや多くの国民が不安とする状態を放置しておくわけにはいかない。サイバー犯罪への本格的な取組元年に当たっての決意を求められている。

 正直、サイバー犯罪捜査の経験のない老OBのしゃしゃり出る領域ではないが、以下、注目される関連情報に触れておきたい。
 現在進行中のウクライナへのロシア軍の侵攻を機に、国際的なサイバー犯罪集団の一端が注目されている。関係筋では、従来から、ウクライナはランサムウェア攻撃の関連地として注目されてきたが、今次侵攻後に、犯人グループに分裂が見られた。どうやら、ロシアの侵攻を支持する多数派とそれに反抗する少数派で対立したようだ。
 このことから、ロシア人が犯行グループの大半を占めており、ロシア人集団がウクライナを隠れみのにして犯行を繰り返してきたこと、侵攻を支持するロシア人と侵攻に反対する現地ウクライナ人少数グループとで仲違いしたことが容易に推測できる。国際的な犯罪で注目されたサイバー犯罪集団の実態の一端が、図らずもロシア・ウクライナの仲間割れを機に、垣間見られた。

 サイバー犯罪集団は、中枢部にいる黒幕集団が配下の実行部隊を使う形態で、各種犯罪を繰り広げており、犯罪の分業化が進んでいる。真っ当な企業を標榜する窓口に被害者から入金させ、海外のダミー会社などを経由してマネーローンダリングを介して還流した金を手にするというシステムになっている。こうした手の込んだ新たな犯罪には、国際協力はもとより新たな捜査手法や法整備が欠かせない。
 どんな犯罪も、突き詰めれば人間が行っていることに変わりがない。追い詰めないではおかないという決意、その為の努力をお願いしたい。サイバー犯罪に係る手強い犯人に相対するには、いわば社会全体での連携が最も肝要だということも忘れてはならない。総力戦こそが今求められているのだ。

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