巻頭言

2022.11.01
巻頭言

ベスト11月号 巻頭言を掲載しました

益々重要性が高まるサイバーセキュリティ
~ロシアによるウクライナ侵攻の教訓~

株式会社日本公法 代表取締役社長
麗澤大学名誉教授
元中国管区警察局長
元警察庁教養課長
元警察大学校教官教養部専門講師
大貫 啓行

 改めて指摘するまでもないことだが、近年、サイバーセキュリティの動向への注目度が急速に高まっている。本稿では、安全・安心のプロ、警察官の立場から特に注目すべき関連情報を紹介することにした。

1 サイバー空間に関する国民の意識の急速な変化~サイバー犯罪への不安感
 最近、国民の犯罪被害に対する不安感に変化が生じている。インターネットを利用した犯罪被害に対する不安感が年々増大しているのである。もちろん、特殊詐欺への警戒をテレビなどで広報していることの成果という側面もあるだろう。しかし、国民の不安感への対応は警察官の最大の任務であるから、サイバー空間への関心を一層高めなければならない。

2 サイバー空間の脅威の顕在化
 現在のサイバー攻撃で最も特徴的なのは、国家機関や重要インフラに対する事例が発生していることだ。個々人が被害者である特殊詐欺等に比べ、国家機関や重要インフラへの攻撃が及ぼす影響の深刻さは、計り知れない。
 具体的事例を挙げれば、我が国では、内閣府などが不正アクセスされ、231人分のファイルが流出した疑いが生じた(2021年1月)。アメリカのフロリダ州では、水道システムに何者かが不正に侵入し、水酸化ナトリウムの濃度を通常の100倍以上に設定しようとした事案が発生したことが報道された(同年2月)。そのほか、感染したコンピュータをロックしたりファイルを暗号化したりすることで使用不能にした後、それを元に戻すことと引き換えに「身代金」を要求する手法(ランサムウェア)による被害が右肩上がりに増えており、深刻な問題となっている。企業の規模を問わず、被害の急増ぶりに注目が集まっており、警察庁や総務省などが注意喚起を行っている。

3 ハイブリッド戦
 ロシアのウクライナ侵攻で最も注目されたのは、国家によるサイバー攻撃である。実際の戦闘に加えて、サイバー攻撃をあらかじめ戦略に組み入れていることが明らかになった。
 武力衝突の前に(又は並行して)標的に対してサイバー攻撃が実施されている。また、ロシア当局は、ウクライナ軍関係者のSNSアカウントに対して不正アクセスし、ウクライナ大統領による投降呼び掛けの偽映像を拡散させたりもした。そういう時代であることに対する認識が欠かせない。

4 破壊的サイバー攻撃~マイクロソフト社分析(「ウクライナの防衛;サイバー戦争の初期の教訓」2022年7月4日)
 ロシア政府機関によるサイバー攻撃の実態は、衆人の目に赤裸々に明かされている。マイクロソフト社の報告書は、必見である。従前から各国の治安関係専門家の間では常識ではあったが、マイクロソフト社という民間企業によって具体的な姿が示されたのは画期的だった。そこでは、GRUなど具体的な機関名を挙げ、ウクライナ国内での破壊的サイバー攻撃、ウクライナ国外でのネットワーク侵入とスパイ活動、世界中の人々を標的としたサイバー影響工作の実態を明らかにしている。米国へのプロパガンダ活動は侵攻前の1月から大幅に増大し、侵攻した2月24日にピークとなっている。主に攻撃を正当化するプロパガンダがなされたのである。こうした実態が具体的な数字を伴って報告されていることには価値がある。
 ウクライナ侵攻以外でも、ロシアが言語別に流す情報を変えていることに関する分析も注目される。例えば、新型ウイルスであるCOVID-19に関する情報では、ロシア以外の読者を対象とした反ワクチンプロパガンダなどは興味深かった。月並みながら、情報リテラシーの重要性を感じさせられた。

5 サイバー警察局、サイバー特別捜査隊
 2022年4月に新設された警察庁のサイバー警察局、関東管区警察局のサイバー特別捜査隊と都道府県警察の関連部署の増強などの動きも注目したい。ますます重要性が増すサイバー犯罪の分野での対応力に期待が高まっている。

6 終わりに
 昇任試験対策においても、サイバー犯罪分野への理解の重要性がますます高まることは必至だ。これからもサイバー分野の動向から目が離せない。本誌もそうした視点での支援に努めていきたいと思っている。

巻頭言一覧ページに戻る